さて、亀田問題については、世間のアンチ亀田陣営が待ち望んでいたボコボコの状態になり、地に這い蹲り哀愁すら漂わす展開になってますね。
内藤は経済的に底辺近くを歩んできた苦労の時を過ごしてきました。
亀田は経済的にはまだ普通に余裕があるでしょうけど、精神的社会的地位に関しては、ドブを歩いています。
自業自得なので、俺は全く同情しません。
世界戦に要求されるものとは、それほど高潔でレベルの高いものです。
社交界のパーティーで裸踊りをやったら、間違いなく追放で再浮上など出来ません。それに比べたら、まだマシでしょ。
国会で、民主党が公明・創価学会に切り込みました。
凄いことです。たまにはやるなと、民主党を見直したw
政教分離の点で、公明創価学会の関係は、特大の欺瞞であると思ってます。明らかに1教団が、作為的に後押ししているにも拘らず、公職選挙法でなんらも問われない。
天理教の話になりますけど、どこかの選挙区で、天理教の信者が立候補して、それを天理教関係者が後押しをしたらしいと言う事で、120箇所にも登る、警察の立ち入り調査が行われました。
しかも、当選したらしくて^^;
1議員ですらこれほどのアクションを起こす警察が、公明党に関しては、動いたということを聞いたことがありません。
俺が知らないだけかもしれませんが( ´ω`)
別にアメリカの例を見るまでもなく、宗教と政治の密接な関係というものは、珍しいものではありません。
政治の誕生は、宗教が源です。
どこの文化圏においても、ほぼ例外がありません。
しかしながら、創価学会は、何かとトラブルが絶えない。
俺個人が聞く話でも、学会家庭での、親と子供の不和の問題は、結構深刻だったりします。
学会の肩の全家庭がそうであるとは、もちろん言いませんけど。当然ですが、天理教でも、その手の問題は腐るほどあります。
しかし、学会の問題でぶっちぎりで聞くのは、「金」。
金策に走り回る親の姿を見て、子供が幻滅して、家出。しかも、それで絶縁状態にまで発展したという問題も聞きました。
ちなみに、当事者の子供から、俺が直接聞いた話ですので。
さすがに、それはいかがなものかと。
創価学会は、仏教からの分派です。歴史は天理教と数年しか変わらない、教暦150年を超える宗教です。
教義も、よく知りませんが、シッカリしたものであると思います。
日蓮宗からの分派ということで、他教義の存在を認めない宗教です。
いまの創価学会は、池田大作ファンクラブみたいな印象しかありません。学会の中でも、派閥闘争があるようですが、教義優先か、人物へ帰依か、これはどこの宗教でも起こる問題だろうと思います。
ただ、政治に関しては、宗教が表立って絡むのはよろしくない。天理教では、立場を持つ人は、政治へ関与(立候補)は、止められます。
教義起源の観念で政治への働きかけをするというのは、悪くは無いと思いますが、選挙における公正さを教団パワーで左右しようというのは、これは一般選挙権への侵であろうと思います。
また、特にそこが金に関わるというのは、世論有意の現状と、民主政治の本質へ逆行します。
2007/10/16-18:26 公明・創価学会を追及=冬柴氏とバトル−民主・石井氏
16日午後の参院予算委員会で、民主党の石井一副代表が公明党とその支持母体の創価学会への批判を展開。同党の冬柴鉄三国土交通相が色をなして反論する一幕があった。
石井氏は、公明党には国会議員が党本部を通じて創価学会に納める「上納金」と、国会議員から学会の池田大作名誉会長への「P(プレジデント)献金」があると追及。さらに党役員人事の決定過程も不透明と指摘し、「あらゆる面で不可解」と批判した。
これに対し、冬柴氏は「上納金」について「(選挙の際に)公認料は党に出している」としながらも、学会への上納は否定。「P献金」の存在も認めなかった。
石井氏が「閣僚席に座っているのだから、その言葉は重い」と畳み掛けると、冬柴氏も「(P献金などが)ないということになれば、あなたも議員を辞めるか」と反撃。両氏のバトルはエスカレートし、石井氏は池田氏の参考人招致や文部科学省による実態調査を求めた。
(
時事ドットコムから)
冬芝大臣は、感情的に反論したということだそうですが、感情的になるところに、問題が浮き彫りになっているように思います。