この世は理で攻めたる世界なり

  • 2005/12/01(木) 21:25:11

俺が、そもそも天理教に心を向けたのは、お道の言葉に惹かれたからです。

天理教では、病気を「身上」、トラブルを「事情」という風に表現しますが、俺はこのどちらかで困って天理教に入ったわけではありません。
一応、考えが変わる切っ掛けは「事情」といえば「事情」でありますが、スルーしていたとしても困るといったことではありませんでしたので、そういう意味で、「事情」で信仰を始めたとは言いにくい。

下地にあるのは、明らかに言葉です。天理教には、かなり沢山の言葉があります。3原典である「みかぐらうた」「おふでさき」「おさしづ」あわせると、3万近いのかな?

今回は第1回目なので、俺がもっとも好きな言葉で始めようと思います。


「このよふハりいでせめたるせかいなり
なにかよろづを歌のりでせめ 」(第1号ー21)


この言葉がなかったら、俺は天理教に見向きもしていなかっただろうと思います。
漢字に直すと。
「この世は理で攻めたる世界なり。なにかよろずを歌の理で攻め」
と、なるかと思います。

理というのは、神の敷いた法則であり、法則が適用されていく道筋であり、神の敷いた法則の効果であり、神の守護を指すものであり、神の力そのものを指す言葉でもあります。
その理(ことわり)でもってこの世界は構築されている、ということを宣言していると、俺は解釈してます。
おもしろいのは、神様ですら、この理を曲げることができないところです。自分で作ったんだから、曲げれそうなものですが( ´ω`)
「出るに出られん」とか「高慢強い、助からん」とか、無理って言ってますんで、無理な模様。理に従う点において、神は律儀です。

後半部分は、おふでさきでそれを説明していきますよ〜、という意味だと思います。おふでさきは和歌体で書かれたものです。また「みかぐらうた」は、そのまま歌の歌詞です。

つまり、この世界は理詰めだということです。
俺は理詰めが好きです。
理詰めでなければ、カイジもアカギも面白さ半減です(´・ω・`)
「通るか・・・! そんなもの・・・!」
てなもんです。

他の分かりやすい言葉で言うと「天網恢々祖にしてもらさず」かな?
天の張り巡らした網は、ゆったりしていて荒いが、悪人悪行は見逃さん。・・・ というカッコイイ言葉です。同じとはいえないかもしれんが、似たようなもんでしょう。


まー、好きな言葉は沢山ありますが、とりあえず、ひとつ挨拶代わりに紹介させていただきました。

Dr.中松の母

  • 2005/05/15(日) 21:22:57

奮発して連続で。

歴史学の意義というのは、未来をより良く迎えるために過去に学ぶ、ということだったように記憶してます。少なくとも、年号を答えたり、虫食い問題で大統領の名前を書くために勉強するわけではありません。
ナチスドイツのホロコーストの影で、ソ連が同胞を数百万人虐殺していたことなど、ガッコの勉強で教えているのか知りませんが、暗記するだけの勉強など、受験でしか使いません。
そんなもののために、必死こいて暗記作業をしなければならない、現在(今に始まったことじゃないけど)の教育には疑問を感じます。
が、九九もできないアホが増えていることを考えると、一切を否定することもできないっぽいので、その点が苦しいところです(;´Д`)

と、まぁ、そんな話はこれぐらいにして、何が言いたいのかというと、古人の言葉に学ぶことは、非常に重要で有用だということです。
何しろ、その人がその言葉を、結論として得た背景には、それ相応の時間と経験と思考と学習が潜んでいるからです。
これだけのことを、新しく生まれた人たちが、イチイチやっていたのでは、進歩する前に人生が終わってしまいます。

古人が残した言葉を学んで、その上に新しいことを積み上げていけば、人生の時間を有効に使うことができます。


Dr.中松の母の言葉。
「完全な仕事をする人は、毎日若返っていく」


実に豊かで明るい言葉だと思いませんか?

まず、仕事と作業は違うという認識が必要ですが、これはWorkとJobの差であると説明しておきます。
仕事というのは、ライフワークという言葉のような、人生を送るうえでの道になるようなものでしょうか。
Jobは作業です。生活のための作業。Workは生業です。おお、ピッタリな言葉だ。
日本語って、語彙に優れてるな〜

なかなか、今の社会では就くのが難しいかもしれません。
充実した仕事、創造的な仕事、やりがいのある仕事、そういう仕事に就けれれば、人生がかなり楽しいのではないかなと思います。
逆に、こういう仕事に就くことができないから、やる気や興味を失ってニートが増えてくるんだと思います。

まぁ、極論を言えば、それも競争ですから。なんとか頑張りましょう。
何度も言ってるような気がしますが、競争社会で勝ち残り、自分を守り、より良い人生を送るつもりなら、テストで点数を取るような勉強をしていてはダメです。
自分のためになる勉強を、自分のためにしなければいけません。


・・・あ、これもコトバだな。
大学の尊敬する社会学者の言葉。関だか、関谷だか言う人だったかな。パイプをいつもくわえた、個性的な素敵な人だった。
最後の講義で、今まで教えたことを30分でまとめると言い放ち、言葉どおり見事に30分でまとめ、最後のシメで言った言葉です。
彼は本物の天才です。

満場拍手喝采。
俺も拍手しまくった思い出があります(´ω`)

マザー・テレサ

  • 2005/05/15(日) 21:21:32

オレは言葉が非常に好きで、たった一つの言葉が、人の人生を劇的に変化させ、あるいは決定付けるチカラをもっていると思っています。

言葉の持つ影響力をチカラであるとすれば、そのチカラは言霊ともいえるような気もします。性格に言霊が何であるか、オレは知りませんので、実際の意味は違っているかもしれません。

で、この新しいカテゴリでは、オレが感心した言葉や、そのままの意味で影響を受けた言葉を紹介していきたいと思います。

第一回目は、誰もが知ってる聖女マザー・テレサの言葉で飾りたいと思います。


「ここに来て、観て下さい。そうすれば、何をするべきかわかります」


記憶が古くて、はっきり出典元を思い出せませんが、たしか、国連だかなんだかでのコメントだったと思います。
当時、テレサは何処かの難民キャンプだかで、病人への救護ですべてを捨てた献身的な活動を行っていたと思います。そこは伝染病患者の病棟だったと思います。
なにぶん、NHKのドキュメンタリーで見たと思うんですが、記憶が古くてかなりあやふやです。

この言葉は、テレサに援助を訴えってもらうだか、キリスト教のアピールだかで担ぎ出されたときに言った言葉だったかもしれません。テレサにコメントを依頼したものの意図とは、かなりかけ離れた結果だったように記憶しています。

キリスト教もクソも、言葉の中にはありません。純粋に、人間が人間に対する言葉であり、また、お願いでも依頼でも問いかけですらありません。

断言です。
オレは、この言葉に、まさに神がかりを見た気持ちになったのを覚えています。

うわさや伝聞ではわからないことが、映像ではわからないことが、実際にその場に立ってみないとわからないことが、現実には存在します。


なんでもない言葉です。
しかし、彼女にしか、恐らく口にすることのできなかった言葉だと思います。
この言葉が示唆する意味は大きくて深いです。

世界最大の征服宗教であるキリスト教を、俺は好きではありません。しかし、マザー・テレサは宗教などで括ることのできない、紛れも無い聖人であると思います。
その偉人を輩出したキリスト教の懐の深さは、確かなものだと思います